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膝屈筋腱を用いた関節鏡視下膝前十字靭帯再建術について
(Key Words) ACL スポーツ傷害 解剖学的二重束再建術
医療法人高尚会 川田整形外科
川田 高士
〒781-1101 高知県土佐市高岡町甲 920-1
はじめに
膝前十字靭帯(anterior cruciate ligament:ACL)は自然治癒能が低く、50%を超える損傷を受けると、ほとんどの症例で断端は退縮し、ACL 不全膝と呼ばれる不安定膝となる。スポーツ活動に支障をきたすばかりか、放置して無理なスポーツ活動を継続すると早期に二次性変形性膝関節症になることも多く、最も厄介なスポーツ傷害として知られる(図1)。従って、多くのスポーツ整形外科医の最大の関心事、研究対象であった。
私もスポーツ整形外科医として平成 15 年に帰郷、高知市の田中整形外科病院にて膝屈筋腱を用いた関節鏡視下二重束 ACL 再建手術を行ってきた。その後、実家の有床診療所をスポーツ傷害による不安定膝の治療に特化した病院にすべく、平成 24 年 5 月リノベーションを行った。今回は、当院で行っている ACL 断裂の診断と治療について紹介する。
受傷機転と臨床症状
ジャンプからの着地や踏み切り、急な方向転換や急停止などの減速動作での受傷がほとんどである。これらは非接触型損傷と呼ばれ、バスケットボール、バレーボール、バトミントン、ハンドボール、器械体操などの種目で頻発し、圧倒的に女子に多い。一方、柔道やラクビーなど、膝外反強制力を直接受けて損傷される接触型損傷も、柔道の熱心さから高知県では比較的多い。
受傷時の様子を患者から詳細に聞き出すことで診断できることも多く、スポーツでの受傷の際には競技の継続がほぼ 100%不可能となる。関節内血腫も必発し、関節の動きによる痛みがあり、そのための可動域制限、歩行困難がある。受傷直後は疼痛のために関節不安定性ははっきりと把握できないことも多い。慢性期になると痛み、腫れが軽減あるいは消失し、それとともに膝くずれに代表される不安定性の愁訴が患者の症状となってくる。
診断
基本的には Lachman test に代表される徒手不安定性テストで診断可能であるが、補助診断法として、Telos SE を用いたストレスX線撮影による脛骨前方移動量の健患差測定と MRIによる画像検査を行っている。当院ではそのX線撮影を放射線技師が行い、MRI は臨床検査技師が撮影を行っている。役割をそれぞれの専任技師が分担することで、早くてより正確な画像データが得られるようになった。特に MRI は損傷靭帯そのものの評価に役立つばかりか、半月板、軟骨損傷などの合併損傷の評価にも有用性が高く、ACL 損傷膝の総合的評価に必須である(図2)。また、術後の再建 ACL の継時的評価にも MRI は定期的に撮影でき有用である(図3)。
MRI の出現により、単に診断のみを目的とする関節鏡検査は、もはや全国的には行われなくなっている。関節鏡は侵襲性であり、手術であることは云うまでもない。しかしながら、当院を受診する患者の中には、「治療としての関節鏡ではなく、単なる関節鏡を行い、その後ながながと、毎日、筋力トレーニングを受けてきたが治らない...。」、という訴えが実に
多い。ACL 損傷膝の診断のために...という理由での関節鏡はもはや無用であり、侵襲性であるということを銘記して、良識のある医者は行うべきではない。整形外科医が ACL 損傷患者に侵襲を加えたのなら、その医者は責任をもって最後まで損傷靭帯を治さないといけない、と考えている。
図2 MRI での ACL 断裂診断 a : ACL は中央部にて断裂している(→)。
b : 前額断 MRI 像でも ACL は描出されていない。
図3 再建された ACL の MRI 像
a : ACL は二重束にて再建されている。
b : 前額断 MRI 像でも ACL は描出されている。
治療
基本的には損傷した ACL が、保存療法で十分修復されると考えていない。従って当院を受診した ACL 損傷膝に対しては 100%外科的療法を行っている(図4)。当院で行っている生物学的素材である膝屈筋腱を用いた関節鏡視下関節内解剖学的二重束ACL 再建術について述べる。
a
b
図4 関節鏡視下 ACL 再建術の風景
a : 関節鏡手術
b : 関節鏡TVモニターシステム
ハムストリング腱の採取
脛骨近位内側の鵞足部に約 3 cm の皮切を加え、open タイプの tendon stripper を用いて遊離半腱様筋腱を全長にわたり採取する(図 5-a)。20 cm 程度以上あれば半腱様筋腱単独で、18 cm 程度以下であれば薄筋腱を採取し併用する。遊離半腱様筋腱は横切し、2 本の二重折移植材料(φ6 mm 程度)とする(図 5-b)。腱の両端にはそれぞれ2号 Ethibond 糸を glove suture し、pre-tension を加えておく。
図 5-a ハムストリング腱の採取
脛骨近位内側の鵞足部に皮切を加え、tendon stripper を用いて半腱様筋腱を採取。
図 5-b ハムストリング腱の採型
半腱様筋腱を横切し、2 本の二重折移植材料を採型、近位を EndoBotton CL に連結。
ACL の郭清と半月板・軟骨の処置
関節内を鏡視し半月板、軟骨の合併損傷がないか注意深く確認し、処置(半月板縫合など) を行う。映像は DVD に録画しておく。ACL 遺残組織は電動シェーバーや Vulcan RF デバイスを用いて切除し、大腿骨、脛骨の ACL 付着部をきっちりと確認する(図6)。
図6 Vulcan RF デバイスによる ACL 遺残組織の郭清
鏡視下手術の際に高周波電流により生体組織の切開、凝固を行う。
骨孔の作製、移植腱作製・挿入・固定
骨孔部位の選定には細心の注意を払う必要があり、もし、正常と異なる部位に骨孔を作成して移植腱の設置を行えば、非解剖学的再建靭帯となり、正常機能に近づき得ない。まず脛骨側骨孔であるが、関節鏡視下に wire-navigator1)を使用して ACL の後外側線維束(PLB)と前内側線維束(AMB)脛骨側付着部に K-wire を刺入して、それぞれの移植腱の断面サイズに合わせて、6 mm~8 mm の骨孔を作成する(図7)。
続いて大腿骨側骨孔の作製であるが、大腿骨外側顆の内面に骨性膨隆のいわゆる resident’s ridge があり、その後方に ACL 付着部がある 2)。付着部の骨表面は半円状に陥凹しており、PLB は far antero-medial portal を利用して、AMB は outside-in にてこの半円状内に骨孔作製する(図8)。この解剖学的 ACL 付着部に骨孔を作製するのが、関節鏡視下関節内解剖学的二重束再建術である 1)。
移植腱は二つ折で 2 本作製し、折り返し側に EndoBotton CL を設置する。まず、PLB 用移植腱を挿入し、大腿骨側の EndoBotton を回転させ骨外に固定する。同様に AMB 用移植腱の導入を行う。膝屈伸にて両者の EndoBotton が確実に骨外に固定されていることを確認して、PLB は膝屈曲 30 にて 3 kg、AMB は膝屈曲 30 にて 5 kg の荷重を加えて DSPプレートで脛骨側の固定を行っている 3)(図9)。
a
b
図7wire-navigator を用いて脛骨骨孔の作製
a : wire-navigator
b : 関節鏡視下に wire-navigator を使用して ACL の後外側線維束(PLB)と前内側線維束(AMB)脛骨側付着部の位置に K-wire を刺入。
a
b
図8 outside-in による大腿骨側骨孔の作製
a : 関節外から関節内へ K-wire を刺入する outside-in 法
b : outside-in にて関節内大腿骨外側顆の AMB 付着部の位置に出てきた K-wire
a
b
図9 EndoBotton と DSP プレート
a : 大腿骨側の EndoBotton による固定。
b : 脛骨側は、DSP プレートと螺子を用いて pullout 固定を行う。
ちなみに靭帯再建術には、旧来より関節切開を加えて行う方法と関節鏡視下に行う方法とがあった。後者は前者に比べて侵襲がきわめて小さい、生理食塩水などで関節内を灌流させ、いわば洗浄しながら手術するので関節切開法と比べて感染の危険性が低い、という長所があるだけでなく、明るく十分な広さを有する鏡視術野の中で、手術用 instrument の補助を受けて高い精度の手術が可能となった(図4-a)。そのために関節鏡は、そのレンズシステム、光ファイバーシステム、そして術野の映像をテレビ画像で観察できるようにしたカメラシステムの開発も急速に進み、その最新の関節鏡システムを用いた手術は、常に整形外科の注目される所となった。しかし、一定レベルの関節鏡操作や基本的な関節鏡視下手術の技術習得には、それ相当の訓練時間がかかり、しかも最新の関節鏡システム設備は高額になった。このために、関節鏡視下靭帯再建術は一部の専門家による特殊な手術となった。
当院で行っている関節鏡視下関節内解剖学的二重束再建術は、日本で開発された術式であり、これまで以上の精度が要求され、その難易度も高い手術であるが、反対に手術時間は可能な限り短くなければならない(図10)。当院においては、フルスペックハイビジョン3CCD カメラおよびダイオニクス関節鏡システム(smith&nephew)を2セット準備しており、高速回転可能な電動シェーバー、電動ドライバー、radiofrequency デバイス(Vulcan EAS ジェネレータ)も手術を迅速化するために常備して使用している(図4-b)。これらの手術用 instrument の積極利用と手術スタッフ全体のスキルアップにて、ACL 断裂に伴う半月板の合併損傷に対する修復処置を行っても、1 時間~1時間半程度で手術はすべて完了できるようになった。
図10 二重束再建術で移植腱の導入が完了した関節鏡視像
後療法および術後の予定
術後は velcro strap 式の膝伸展位装具をあてがう。術後 1 週より可動域訓練を開始し、術後 3 週で全荷重歩行とする。ジョギングは術後 4 カ月以降、ジャンプやダッシュは術後 6カ月以降、完全な競技復帰は 9~10 カ月以降としている。
術後 1 年以降に再建靭帯の成熟具合評価、関節内評価のために second look と脛骨側の DSPプレートの抜釘を行っている。その後も 1 年間、合計 2 年間の術後定期経過観察を行っている。
おわりに
これまでに膝屈筋腱を用いた関節鏡視下二重束 ACL 再建手術を施行した患者は、県内に700 症例におよぶ。しかしながら、その半数以上は陳旧例であり前医があった。階段の昇降時など不安定感がますます強くなると、患者自らが探して受診して来ており、けっして前医からの紹介ではない。また、前医で ACL 損傷と診断がついていた患者は稀であり、せっかく、その診断がなされていても、患者には切れたままスポーツ復帰することの危険性や再建手術の必要性などの説明はされていなかった。
ACL 損傷患者の愁訴である「膝くずれ」は、筋力不足にその原因があると云われ、ときには、「努力が足らない。」と叱責されて、もはや無駄というべき保存治療を、繰り返し続けさせられていた患者もいた(図1)。ACL が切れた状態で、ジャンプ、ストップ、カット、全力走などを含むスポーツ活動への復帰は自殺行為であり、厳に慎むべきであり、医者がその患者に許可できる話ではない...はずであるが、当院を受診した陳旧例の ACL 損傷患者のほとんどが、前医から、筋力を鍛えればスポーツができるとの説明を受けていた。
米国においては、ACL 再建術が年間およそ 300,000 件施行されており、わが国においても年間数万件行われている 4)。言い換えれば、毎年それだけ多くの ACL がスポーツで切れるのである。今日では、整形外科領域における7大手術の一つと数えられ、ACL 再建術は最も頻繁に施行されている手術になった。
当院で行っている関節鏡視下関節内解剖学的二重束再建術は、日本で開発された術式であり、これまで以上の精度が要求される難易度が高い手術であるが、解剖学的に正常靭帯に最も近似させており、従来法よりも良好な結果が報告されてきている。「ACL が断裂していても、筋力を鍛えれば何とかなり、手術をしないで良い...。」という誤った後ろ向きな考え方は、もはや医療先進国にはない。本県においてもその認識を高め、ACL 損傷患者に対しては、可及的早期に再建術を含めた根治手術をすべきである。
文献
1) Yasuda. K et al : Anatomical reconstruction procedure for the anteromedial and
posterolateral bundles of the anterior cruciate ligament. J Jpn Arthroscopy Ass 28 :
17-23, 2003
2) Shino K et al : The resident’s ridge as an arthroscopic landmark for anatomical
femoral tunnel drilling in ACL reconstruction. Knee Surg Sports Traumatol
Arthrosc, 2009
3) Shino K et al : Graft fixation with predetermined tension using a new device, the
double spike plate. Arthroscopy, 18 : 908-911, 2002
4) 史野根生 : スポーツ膝の臨床. 金原出版 : 13-30, 2008
論文の詳細は下記を参照してください
川田 高士. 膝屈筋腱を用いた関節鏡視下膝前十字靱帯再建術について. こうち. 2013;42(2):85-90.
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