前十字靭帯断裂の治療・手術(前十字靭帯再建術)について
②前十字靭帯(ACL)とは?
前十字靭帯(Anterior Cruciate Ligament;ACL)は、大腿骨と脛骨をつないでいる関節内靭帯です。主な役割は2つあり、大腿骨に対して脛骨が前に飛び出さないように制御すること、捻った方向に対して動き過ぎないように制御することです。動作において膝関節内で最も重要な靭帯とされており,様々な運動時に膝の安定性を高めるために機能しています.(図2)
前十字靭帯は全長約3センチ,幅が約1センチで2束(本)もしくは3束から形成されています.
①前内側線維束(antero-medial bundle:AMB)
②中央線維束 (InterMediate Bundle:IMB)
③後外側線維束(postero-lateral bundle:PLB)
重要視されているのは①のAMBと③のPLBです.(図3)
各線維の特徴は
・前内側線維束(AMB)
膝の可動域全般で緊張し,特に曲げた時に緊張が強くなる.
・後外側線維束(PLB)
一番太く(AMBの2倍)膝を伸ばした時に緊張が高くなり,曲げた時には緩みます.脛骨が内側に捻じれる(内旋)のを防ぎます.
1.ACL(前十字靭帯)について
①不安定な膝関節
膝関節は大腿骨と脛骨と膝蓋骨で形成されています.大腿骨の関節面は弯曲しているため丸く,脛骨の関節面は平面に近いため,そのままだと膝は不安定になります.(図1)
そのため,膝関節には半月板が内側と外側に2つあり,それらは陥凹(かんおう)を形成し,くぼみができるためはまり込んで安定します.しかし,それらだけでは動くときに関節が安定しないので前十字靭帯(ACL)や後十字靭帯(PCL),内側側副靭帯(MCL),外側側副靭帯(LCL)などが存在し,膝の安定感を高めています.

左:正面から見たACL

右:内側から見たACL
図2

図3

図1
③前十字靭帯断裂の原因(受傷機転)について
前十字靭帯断裂のほとんどがスポーツ活動中に起こるといわれています.その中でもバスケットボール、バレーボール、サッカー、ハンドボール、バドミントン,柔道などでの受傷が多く(積雪の地域ではスキーなどが多い)、ジャンプからの着地、急停止、急な方向転換、相手との接触などによって膝関節に異常な回旋力が加わり損傷することがほとんどです。試合回数が多くなり,疲労感が出ているときなどは特に起こりやすいので注意してください.スポーツ以外でも自転車や歩行時の転倒などでも膝を捻じったときに前十字靭帯を断裂される方がみられます.
前十字靭帯は切れた瞬間、”ブチッ”または”ボキッ”という音とともに痛みを訴える患者さんが多くいます。靭帯が切れることで音が伝わり、同時に膝関節内の半月板や関節軟骨なども損傷している可能性があります。また前十字靭帯が断裂した場合,関節内に出血が起こり、膝が腫れてくるため動けない場合と休むことで動ける場合があります.しかし,前十字靭帯が断裂すると膝の不安定感が強くなるため膝崩れが生じ,競技継続ができなくなります.また動けた場合には軽い捻挫と思い込みそのまま放置される方もいるので一度受診されることをおすすめします.放置することで半月板や関節軟骨の損傷が進行することがあります.損傷・断裂時には、緊急時の治療としては安静+アイシングが基本となります。
④ACL損傷と断裂の違い
一般的には損傷も断裂も同じような意味合いで使われますが,前十字靭帯の場合,完全に切れたことを断裂,一部が切れた場合を損傷と使います.前十字靭帯の場合,多くは完全にきれていることが多いことから前十字靭帯断裂が正しい用語といえます.前十字靭帯損傷も言い慣れた言葉として使用されているため,病院を受診されたときには完全に切れているかどうかを確認することをおすすめします.
⑤前十字靭帯断裂による日常生活への影響
前十字靭帯を断裂すると、膝は前後方向および回旋方向の2方向に対して緩くなります。日常的なゆっくりとした動作ではあまり問題になることはないとも言われますが、放置してよいということではありません。膝が突然”ガクッ”と外れるような”膝崩れ(Giving Way)”という現象が生じることもあります。この膝崩れはウォーキングやランニングなどの直線の動きでは出現することはあまりないですが,方向転換などが加わると膝崩れが顕著に現れることが多いです.

MRIでみた損傷した前十字靭帯(赤▲)
直線性がなくなっており断裂してことがわかる
⑥放置による影響
2-3週間程度で膝の腫れがひいたとしても、損傷した靭帯は自然に治癒することはありません。永続的に膝の不安定性と不安感が残ります。また膝の安定性を失い”膝崩れ”を頻回に起こしてしまった場合、そのまま放置すると関節がずれることにより半月板や関節軟骨などに反復してストレスがかかるため傷つけてしまいます。それに伴って変形性膝関節症になるリスクも高まっていきます。
変形性膝関節症は、一般的には高齢者に多い疾患とされていますが、前十字靭帯の機能不全によって若年者でも生じることもあります。変形が進行すると、日常生活動作にも大きな支障をきたしてしまいます。
膝関節の変形や損傷がひどくなった場合には高位脛骨骨切り術(High Tibial Osteotomy;HTO)や全人工膝関節置換術 (Total Knee Arthroplasty;TKA)といった手術が必要になってくる場合もあります。そのため前十字靭帯が断裂した場合には手術をすることが第一選択となります.

右膝 ACL 損傷を 20 年間放置した 51 歳女性
右膝は関節裂隙が狭小化し、顆間部は骨棘形成を呈している。
⑦筋力を鍛えれば手術をしなく ても大丈夫?
”前十字靭帯が断裂していても、筋力を鍛えれば何とかなり、手術をしないで良い”という考えは誤っています。なぜなら、膝前十字靭帯(ACL)は自然治癒能が低く、50%を超える損傷を受けると、ほとんどの症例で断端は退縮し、ACL 不全膝と呼ばれる不安定膝となるからです。不安定な膝になると色々な動作時に膝関節が異常に動きます.異常に動くのを半月板などが壁になり防ぎます.しかし,頻回にストレスを受けた半月板はダメージを受けるため徐々にボロボロになり,半月板で防げなくなると関節軟骨へ直接ダメージが加わります.
鍛える筋力としてはよく大腿四頭筋が取り上げられますが,大腿四頭筋は脛骨を前へ引き出す作用があり,前十字靭帯が断裂するとより前方に移動するため膝崩れのリスクは高まります.前十字靭帯が切れたままスポーツをすることは切り返しやターン時に膝の安定性がなくなり,動作時に膝が抜けそうな感覚がでてきます(膝崩れ:giving way).そのため,抜けそうな不安感と膝の不安定性から十分なパフォーマンスを発揮することができません.また,日常生活に比べ活動量が高くなるため膝の半月板や関節軟骨にかかるストレスは多くなるため損傷,変形リスクはより高くなります.
前十字靭帯が断裂した後,痛みが無くなった=治った訳ではなく、自然に腫れが軽減しただけで、膝の不安定感は生涯つきまとい,将来的には変形性膝関節症になるリスクは非常に高くなります.受傷後20年で95%で内側半月板の手術が必要となり,68%でGrade4の軟骨損傷(膝の隙間がなくなり末期の段階)を認め,受傷後35年で50%で人工関節を要したと報告されています.これらのことからも放置することのメリットはほぼないと言えます.
Nebelung W, Wuschech H. Thirty-five years of follow-up of anterior cruciate ligament-deficient knees in high-level athletes. Arthroscopy. 2005 Jun;21(6):696-702.
⑧診断について
スポーツ整形外科の専門医による視診、触診(Lachman test)でほとんど診断ができます。これは大腿部と下腿を持ち、動かしてそのずれによる変位量から靭帯断裂による関節のゆるみを判断する方法で、最も確実に判断できる評価方法です。
そのほかMRIによる撮影も行なっており、こちらの画像を用いて靱帯損傷診断補助ならびに術前、術後の靭帯評価や関節軟骨や半月板など周辺組織の有無などのチェックを行なっています。
当院をセカンドオピニオンで受診された方で多いのは,最初の病院では靭帯は大丈夫と言われたとということをよく耳にします.前十字靭帯断裂の診断は専門医でないと見落とすことが多く,そのまま放置していて膝が崩れるなどの症状から発覚することが多く見られます.上記に記載したように放置期間が長くなるほど半月板や関節軟骨へのダメージは大きくなり,半月板が縫合できず,切除となることもあります.半月板はできる限り縫合したほうが変形性膝関節症の進行を予防できます.そのため膝を痛めた場合には可能な限り膝専門医を受診することをおすすめします.
2.関節鏡下靭帯再建(二重束再建術法)について
靭帯再建術は日本から世界へ
当院で行っている関節鏡視下関節内解剖学的二重束再建術は、日本で開発された術式であり、これまで以上の精度が要求される難易度が高い手術です。解剖学的に正常靭帯に最も近似させており、従来法よりも良好な結果が報告されています。