top of page

後十字靭帯損傷の治療・手術(後十字靭帯再建術)について

1.PCL(後十字靭帯)について
後十字靭帯のイラスト

​図1 後ろから見た膝

赤:前外側線維束(AL)

青:後内側線維束(PM)

1.PCL(後十字靭帯)について

 

①PCLの機能と役割

​ 後十字靭帯(Posterior Cruciate Ligament;PCL)は、大腿骨と脛骨をつないでいる後方の関節内靭帯です。膝関節においては非常に強固な靭帯であり、機能解剖学的には”膝の軸”とされます。またPCLは膝関節において最強かつ最大の靭帯とも言われています.

 PCLは2つの線維束があり,前外側線維束(ALB:Antero Lateral Bundle)と後内側線維束(PMB:Postero Medial Bundle)に分けられます.(図1参照)PCLは全体で長さが約38mm,幅13mmでACL(前十字靭帯)に比べ約1.5~2倍の太さがあります.靭帯の強度は1600~2500Nとされています.(ACLの強度は1700~2100N)

 前外側線維束(ALB)は屈曲で緊張し,強度は1120~1620Nで,後内側線維束(PMB)は伸展で緊張し,強度は258~419NとされALBは2倍以上の強度を持ちます.

 主な役割は、大腿骨に対して脛骨が後ろに飛び出さないように制御することです。(後方への亜脱臼防止)また膝の外旋制御機能も有し,膝の全可動域で緊張し,屈曲位での緊張がより高いとされています.

 PCL単独損傷がその後の半月板損傷の原因となったり,関節症性変化の進行につながることが報告されています.

Covey CD.Injuries of the posterior cruciate ligament. J Bone Joint Surg Am. 1993 Sep;75(9):1376-86.
     Keller PM.Nonoperatively treated isolated posterior cruciate ligament injuries. Am J Sports Med.   1993 Jan-Feb;21(1):132-6.

2.PCL(後十字靭帯)損傷

PCL損傷について

  後十字靱帯損傷は、膝の前面に大きな力が加わることにより発生します。スポーツによる膝関節の怪我に占める割合は1%程度で、膝関節傷害の中で最も発生割合は低いとされています。(前十字靭帯損傷の発生割合は約45%)

 損傷時には関節内に出血が起こり、膝が腫れてくるため、緊急時の治療としては安静+アイシングが基本となります。しかし、損傷後の不安定感が比較的少ないことも多いため、受傷している事に気がつかない場合もあります。

②PCL損傷の受傷機転

​ 大部分は脛骨前面を打撲することによって受傷します。(図2)その他には膝の過伸展や交通事故や転倒でも多く発生します.スポーツ外傷としては、アメリカンフットボールやラグビー、柔道などの接触競技や格闘技で発生率が高くなります。

③PCL(後十字靭帯)損傷による機能不全

​ 後十字靭帯が損傷すると脛骨が後方に落ち込むため,ACL(前十字靭帯)が弛緩した状態になり,前十字靭帯の機能不全を起こします.(Sloppy ACL:図3)しかし,PCL損傷による機能不全はACL損傷時に比べ自覚的な不安定感は少ないです.

 またPCL損傷をしてからの経過が長いと前十字靭帯の膠原線維の減少(薄く),膠原繊維の直径の減少(細く),単位面積当たりの膠原線維が占める割合の減少(低密度)を生じるため,前十字靭帯機能障害のリスクが高まるとされています.

 

 PCL損傷をした人を平均13~14年観察した報告では,15年経過で歩行,階段昇降,ランニング,ジャンプで50~80%の人に軽度~中等度の問題が生じており,疼痛は15年で60%の人が深刻な疼痛を生じ,膝折れは40%の人に存在していた.このようにPCL不全は機能面では問題はあるが,症状は軽度のことが多いとされます.しかし,PCLが切れた状態が長期化すると疼痛,ランニング,ジャンプなどが深刻な問題となります.Boynton MD.Long-term followup of the untreated isolated posterior cruciate ligament-deficient knee. Am J Sports Med. 1996 May-Jun;24(3):306-10.
 

④PCL損傷の放置による弊害

 後十字靭帯が損傷した場合,前十字靭帯に比べて膝関節の不安定が少ないため炎症などが改善すれば日常生活を送ることが可能になります.しかし,断裂した後十字j靭帯は完全に修復することは稀で,修復されたとしても緩んだり,正常な形態を保てなくなります.そのため,日常生活での後十字靭帯の緩みにより,大腿骨が前方に移動し半月板や膝蓋大腿関節へのストレスが増加します.これらのストレスに膝が長期間晒されることにより,半月板損傷や膝蓋骨・大腿骨の軟骨損傷が生じることが指摘されています.

 当院でも後十字靭帯再建時に後十字靭帯を損傷して10年以上経過した方の膝を関節鏡で確認すると,半月板損傷・膝蓋大腿関節損傷のどちらかまたはその両方を必ず生じていました.

 これらのことからもPCL損傷を放置することは,将来的に半月板や軟骨損傷を引き起こし疼痛や日常生活の活動性に制限をきたす可能性があります.

⑤診断について

​ 問診、視診、触診(後方引き出しテスト)に加え、X線撮影、MRI撮影によって診断を行います。撮影した画像を用いて、靱帯損傷診断補助ならびに術前、術後の靭帯評価や関節軟骨、半月板など周辺組織のチェックを行なっています。

後十字靭帯損傷の受傷

図2

Sloppy acl.png

図3 青:緩んだACL(前十字靭帯)

​後十字靭帯が切れて脛骨が後方に移動するためACLも後方に移動し緩む

2.PCL(後十字靭帯)損傷
 ①PCL損傷について
 ②PCL損傷の受傷機転
 ③PCL(後十字靭帯)損傷による機能不全
 ④PCL損傷の放置による弊害
 ⑤診断について
3.関節鏡視下靭帯再建(bi-socket法)ついて

3.関節鏡視下靭帯再建(bi-socket法)ついて

①手術術式の実際

1)ハムストリング腱の採取

 太ももの内側から遊離半腱様筋腱、半腱様筋腱を採取します。採取した遊離半腱様筋腱、半腱様筋腱を横切し、それぞれ2本の二重折移植材料とします。

2)PCL の郭清と半月板・軟骨の処置

 関節内を鏡視し半月板、軟骨の合併損傷がないかを確認し、半月板縫合などの処置を行ます。PCL遺残組織は電動シェーバーや Vulcan RF デバイスを用いて切除し、大腿骨、脛骨のPCL付着部を確認します。

3)骨孔作成、移植腱挿入

 大腿骨側に二箇所、脛骨側に一箇所骨孔を作成し、移植腱を挿入します。

 【移植腱固定】

 移植腱は二つ折で2本作製し、折り返し側にEndoButton CLを設置します。骨孔に移植腱を挿入し、大腿骨側および脛骨側のEndoButtonを回転させ骨外に固定します。

川田整形外科,後十字靭帯,手術,関節鏡
 ①手術術式の実際
 ③スポーツ復帰する場合

4.入院期間と目標について

①入院期間

 手術後の回復状態にもよりますが、5~6週間を目安にしています。退院時に必要な膝機能として、下記のような目標値を挙げています。

②膝機能の目標値

   可動域 屈曲 120°

​       伸展 0°

③スポーツ復帰する場合

 目安として下記のような時期設定をしていますが、各運動を開始するためには医師の許可が必要となります。競技種目によっては復帰時期が異なる場合もあるため、医師と相談した上で復帰時期を決定してください。

川田整形外科,後十字靭帯,リハビリ,角度

​退院目標120°

4.入院期間と目標について
 ①入院期間
 ②膝機能の目標値

ジョギング  

ランニング  

ダッシュ・ステップ 

ジャンプ

部分参加

3ヵ月

4ヵ月

6ヵ月

7ヵ月

8ヵ月

全参加

競技復帰  

9ヵ月

10ヵ月

④再鏡視および抜釘

 術後12ヶ月以降、当院にて再鏡視および抜釘術を行います。再建靭帯、半月板、軟骨の状態を鏡視下にて確認し、必要であれば処置を行います。

 ④再鏡視および抜釘

5.リハビリテーションについて

①術前リハビリテーションについて

1)手術までに必要な膝機能

  具体的な目標値は設けていませんが、手術までに出来る限り可動域と膝伸展筋力を向上させる必要があります。筋力の目安はWBI80%以上,可動域の目安は膝屈曲120°以上,伸展0°です.特に膝伸展筋力は術後の回復に大きく影響するため、術前から積極的に治療を行っていきます。

②術後リハビリテーションについて

 当院では入院リハビリテーション、外来リハビリテーションの2つがあり、退院後も一貫した治療を受けていただくことが可能です。リハビリテーションプログラムについては下記をご参照ください。

 ②術後リハビリテーションについて
5.リハビリテーションについて
 ①術前リハビリテーションについて

1)入院中の経過とリハビリテーション内容

【術後翌日】

・つま先をつける程度の荷重量で松葉杖歩行を行い、回復室から自室まで戻ります。

・術後より1週間は膝装具を装着し、術後の腫れ防止のため下肢架台に足を乗せた状態で過ごしていただきます。

・午後より身体の状態や、手術創部の痛みに応じて病室にてリハビリテーションを行います。

・ベッドで行える運動やアイシング(患部を冷やすこと)の指導などを行います。

【2日目~】

・リハビリテーション室での訓練が始まります。

・主に可動域訓練、筋力増強訓練、歩行訓練、物理療法を中心に行っていきます。

【1週目~】

・両松葉杖で体重の1/3荷重歩行を開始します。

【2週目~】

・片松葉杖にて体重の2/3荷重歩行を開始します。

【3週目~】

・杖を使わず、全荷重歩行を開始します。

・自転車エルゴメーターを開始します。

【5週目~】

・後方重心でのスクワット、段差昇降(10cm)を開始します。

【6週目】

・入院リハビリテーションが終了し、退院となります。

・自宅で行えるホームエクササイズを指導します。

川田整形外科,後十字靭帯,リハビリ
階段昇降は3週目から
川田整形外科,後十字靭帯,リハビリ
後方重心スクワットは5週から

※ 手術後の移植腱(新しい靭帯)や骨孔(新しい靭帯を通すために開けた穴)は8週~12週まではとても弱い状態となっているため、細心の注意を払いながら行います。

③術後リハビリテーションの注意点

1)PCLリハビリテーションにおける最重要課題

1.再建靭帯を緩ませない

2.再建靭帯を傷つけない

 

 しかし,PCL再建はACL再建に比べ緩みやすく,損傷しやすいとされます.これはPCLが日常生活でストレスがよりかかるためで,常に伸張ストレスにさらされてるためです.特にハムストリングスは膝全可動域において脛骨に対し後方引き出し力を作用するため,再建靭帯に後方剪断力を生じやすくなります.特にハムストリングス単独の筋力トレーニングは靭帯がある程度安定する4ヵ月までは行いません.また膝を曲げれば曲げるほど再建靭帯に伸張ストレスがかかるため積極的な可動域訓練は注意が必要です.

 そのため,術後はCPMなどの他動的可動域訓練を中心に行います.CPMなどの他動可動域訓練の負荷は89Nと低く,100Nの後方負荷ストレス試験でグラフトの損傷はない(150Nで損傷しやすい)ことからも安全性が確保されます.しかし積極的なリハプログラムは300Nの負荷がかかるとされているため注意が必要です.

 膝立て姿勢【上向け寝て膝を曲げた姿勢】や仰臥位(上向けで寝る姿勢)などの重力により後十字靭帯は後方ストレスがかかります.就寝時の仰向き姿勢は長時間後方ストレスがかかるため,脛骨下にクッションやタオルを置き脛骨の落ち込みを防止することで後十字靭帯の緩みを予防できます.

 筋力トレーニングはOKCでは大腿四頭筋トレーニングが0~60°までがPCLにストレスなくトレーニングが可能で,CKCでも60°未満がPCLへのストレスがなく安全にトレーニングが可能になります.CKCのトレーニング時は 大腿四頭筋との共同収縮によってPCLの緊張は減少するため,体幹を前傾させないように配慮すると大腿四頭筋の活動が高くなるため,より安全にトレーニングが可能です.

2)後十字靭帯再建術後の禁忌姿勢

 後十字靭帯後にやってはいけない姿勢は膝立ち姿勢です.床から立ち上がる時や床拭き動作時によく取る姿勢ですが,これは後十字靭帯が損傷するときのメカニズムそのものなので再建靭帯にストレスがかかり,緩みを生じるため禁忌となります.靭帯が安定する6ヶ月までは禁忌です.術後1年間は安全のためにこの姿勢をとらないことをお勧めします.

​ その他には術後半年までのしゃがみ込みや正座などは後十字靭帯へのストレスが強く,靭帯に緩みを生じる可能性があるため行わないようにしてください.

3)後十字靭帯再建術後の装具について

​ 後十字靭帯再建術後の膝装具には金属支柱が入っています.これらは前十字靭帯再建術後には入っていません.これは後十字靭帯の後方移動をより防ぐためです.後十字靭帯は緩みやすいので日常生活でも常に装着するようにしてください.膝の痛みや状態がよくなり,活動性が上がると装具を装着することが面倒くさくなりますが,6ヶ月までは靭帯が緩みやすいので術後の予後をよくするためにも装具を必ず装着してください.

​ 6ヶ月後もスポーツをする場合には装着することをお勧めします.また仕事での活動性が高い人も6ヶ月以降も装着することをお勧めします.これは活動性が高い=後十字靭帯が緩む可能性が高いためです.

 ③術後リハビリテーションの注意点
  1)PCLリハビリテーションにおける最重要課題
  2)後十字靭帯再建術後の禁忌姿勢
  3)後十字靭帯再建術後の装具について

4)外来リハビリテーションの頻度

 目安として6ヶ月までは週1~2回、6ヶ月以降は状態に合わせて頻度を調整しています。機能回復の程度やゴール設定には個人差があるため、各患者さんに合わせたリハビリテーションを進めていきます。

 通院期間は、再鏡視および抜釘(手術後12ヶ月前後)までを1つの目安としています。再鏡視および抜釘後も最大12ヶ月まで治療を継続することが可能です。

  4)外来リハビリテーションの頻度
bottom of page