スポーツ外傷による前十字靭帯損傷の治療と手術についての新聞記事2014

選手支えるスポーツドクター

スポーツ中に​起きる足の肉離れや捻挫.特に膝の靭帯を痛めると,歩きにくくなったり選手生命を失ったりと,大きな影響が出ます.スポーツ傷害と膝靭帯のけがの治療について,日本体育協会公認スポーツドクターの川田高士・川田整形外科院長=土佐市高岡町甲=に聞きました.【毎日新聞高知支局長・藤田宰司】

​Q.スポーツ中に起きるけがはどんなものがありますか?

 

A.大きく分けると「筋肉の損傷」と「関節の損傷」があります.筋肉の損傷は①競技中の選手同士の衝突のような直接打撃によって筋肉繊維が切れたりつぶれたり「筋挫傷」②筋肉に大きな負荷がかかることで筋肉線維が切れる「肉離れ」に分類できます.筋挫傷は,ラグビーのタックル,サッカーやバスケットの相手と接触など,外部からかかった力が原因です.これに対して肉離れは,8割が自らの動作中に起きています.疾走中に太もも裏側に起きる「ハムストリングス肉離れ」,日ごろあまり運動しない人がジャンプした瞬間に起きる「アキレス腱断裂」がよく知られています.

Q.関節の損傷はどのようなものがあるでしょうか?

A.関節は,骨や軟骨,靭帯,関節包と関節をまたぐ筋肉や腱でできています.許容を超える力で体を伸ばしたり曲げたりひねったりしたことで,靭帯や関節包に損傷が起きるのがいわゆる「捻挫」です.かかった力が軽ければ,痛みがあったり腫れたりしても関節の形状自体に異常は見られません.ところがかかった力が大きければ,関節の脱臼や亜脱臼,靭帯の断裂という大きなけがとなってしまします.スポーツでは肩鎖関節や肩関節,肘や手指の靭帯,膝関節などが損傷を受けることが多いです.

川田整形外科の院長 川田高士
高知県土佐市にある川田整形外科

手術で再建 前十字靭帯

​Q.けがをした場合はどうすればよいのでしょうか?

 

A.スポーツ外傷の初期の治療の基本は「RICES」です.「安静にする(rest)」「冷やす(ice)」「圧迫する(compression)」「患部を心臓より高くする(elevation)」「固定する(support)」のことです.これらを行っても痛みや腫れがひかなければ,重大なけがの可能性がありますから,整形外科専門医を受診してください.

Q.スポーツドクターに診てもらうのが良いのでしょうか?

​A.スポーツドクターは,スポーツ医科学に関する知識を持ち,アスリートの健康管理と競技力向上,スポーツ傷害や外傷の診断,治療,予防などにあたる資格を持つ専門医のことです.協議会などの医事運営やチームドクターとして,スポーツ活動医学的な立場からサポートします.スポーツドクターには内科や精神科などを専門とする医師もいますから,スポーツ外傷については整形外科やスポーツ整形外科を受診してください.

Q.川田院長は膝の靭帯の治療を専門でされているそうですね.

A.ソチオリンピックを見ていても,膝の「前十字靭帯」のけがを抱えている選手がたくさんいました.膝靭帯の損傷は,プロや五輪選手だけでなく,一般の学生が行うスポーツの中でもしばしば起きます.できるだけ競技に復帰したり,以前と同じ日常生活に戻ることを目標として治療にあたっています.

​Q.前十字靭帯を痛めるとどうなるのですか?

A.前十字靭帯は膝関節の中にあり,大腿骨と脛骨(すねの骨)を結んでいます.長さ3㎝,太さ1㎝,コラーゲンでできたベルトのような形状です.歩いたり走ったりするのに踏ん張りがきくのは,関節がずれないように膝の靭帯がしっかりと骨同士を結び付けているから.競技中の踏み切りや着地,急な方向転換などで瞬間的に大きな力がかかると,靭帯が切れることがあります.切れた瞬間に「ゴリッ」と音がするといいます.痛みでプレー続行は無理ですし,自力で歩くのは難しいです.

Q.診断や治療はどう進みますか?

A.関節内に血がたまって腫れるため,血を抜いて冷やし,1週間ほど安静にします.腫れがひいてきたら,再度触診で膝の緩みをチェックし,ストレスレントゲンやMRIなどの画像検査で靭帯や半月板の損傷程度を確認します.切れた靭帯は自然治癒しませんから,完治するには手術して元の場所に作り直すしかありません.

Q.どんな手術でしょう?

A.関節鏡という内視鏡を使い,切れた前十字靭帯を切除し,同じ場所に太もも内側から取り出したハムストリング腱を移植して再建する手術です.​大腿骨とすねの骨にそれぞれ2カ所ドリルで穴を開け,穴に腱を通してピンで固定します.内視鏡で見ながら,穴の位置,移植する腱の長さ,固定する際の腱の角度などを決めます.狭い膝の関節内で行う非常に繊細な手術です.

前十字靭帯の断裂
前十字靭帯の再建手術後
前十字靭帯再建手術の様子

競技復帰に約1年

​Q.どんな経過をたどって回復しますか?

 

A.ハムストリング腱の細胞は移植後に死んでしまいますが,コラーゲンは残ります.残ったコラーゲンを土台に,周囲の関節滑膜などから細胞が浸透してゆき,靭帯が再構築されると考えられています.手術翌日から歩行訓練を始め,1週間後から膝の曲げ伸ばしをスタート.次第に負荷をかけ,3週間後には全体重をかけて歩くようにします.歩行できるようになれば退院.入院期間は長くて4週間です.手術後4カ月でジョギング,6カ月以降にジャンプやダッシュができるようになり,完全な競技復帰は9~10カ月後がめどです.

Q.以前と同じレベルの運動ができるようになりますか?

​A.1年後の靭帯強度は80%ほど.運動には60%の強度があれば十分とされていますから,トップアスリートも心配なく競技に復帰できます.

Q.手術は,スポーツでけがした若者だけが対象でしょうか?

A.靭帯が切れ,膝が安定しない状態で長年生活されてきた方も,再建手術でけがをする前の状態に戻すことが可能です.かつてはトレーニングで筋肉をつけて補うことが推薦されてきましたが,靭帯が切れたままスポーツに復帰すれば,体の他の部分を痛めてしまう危険性もあります.再建手術は国内で年数万件,米国では30万件行われているといいます.根治手術があることを広く知っていただきたいです.

​Q.スポーツによるけがの予防に心がけることは何でしょうか?

A.関節などの軟部組織の外傷や障害は,慢性期になると無理すればプレーできなくはありません.しかし,不適切な競技復帰が選手生命を断ってしまったり,一生残る障害につながることもあります.現場のスポーツ指導者は知識を養い,予防対策を指導し,けががあれば早期に専門医に診せるよう指示すべきです.選手やスポーツを楽しむ人もストレッチやマッサージ,ウォーミングアップやクールダウン,体力にあった運動を心がけましょう.

この記事は2014年2月に毎日新聞に掲載されたものを一部文字起こししたものです.

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